気仙沼市議会 2021-02-25 令和3年第116回定例会(第6日) 本文 開催日: 2021年02月25日
しかし、これから50年先も60年先も70年先も生きるであろう子供たちに、想定外という事故や絶対大丈夫という安全神話はない。大事故を経験して事故は起こり得ることを考えたときに、女川原発の再稼働はこれからの社会を生きていく子供たちのために行うべきではないと私は考えます。
しかし、これから50年先も60年先も70年先も生きるであろう子供たちに、想定外という事故や絶対大丈夫という安全神話はない。大事故を経験して事故は起こり得ることを考えたときに、女川原発の再稼働はこれからの社会を生きていく子供たちのために行うべきではないと私は考えます。
1つ目は、福島第一原子力発電所事故が起きるまでは、放射能を格納容器内に閉じ込めることができるとして安全神話を展開し、安全神話を信じた住民は、放射能が放出されないならば稼働もやむを得ないと判断し、稼働に同意してきたはずです。原子力規制委員会の新基準は、爆発事故を防ぐことを理由に、閉じ込めるのではなく、原子炉の外に放射能をまき散らすことを許しています。
これは、再稼働までに時間があり、この2年間の間に避難計画を実効性あるものにしていくという決意にも聞こえますが、再稼働してもすぐに事故が発生する確率は少ないという新たな安全神話の押しつけでしかないのではないでしょうか。 私が不安なのは、再稼働した後の将来に対する不安です。次世代の市民に対する保障です。今度の説明会で何か分かったか、何が伝わったか。
女川原子力発電所再稼働は、原子力発電所の安全神話が崩れ去った今、石巻市民の生命、財産に関わり、石巻市の存続をかける避けては通れない大きな問題です。また、国策だからとの理由だけで済まない問題でもあります。
ですから、その辺はちょっと何か捉え方をしっかりやってもらわないと、本当に事故が起きないと言ったら、また昔の安全神話に戻ってしまうので、そこはちょっと違うのではないかなと思うのですが、いかがですか。 ○議長(阿部勝德) 市長。
今度も1,000ガルの基準地震動で本当に大丈夫なのか、またしても安全神話に陥っていないか。さらに、2号機はシュラウド全周にわたってひび割れが発生し、いずれ貫通するかもしれないと東北電力も認めています。たった4本の細い棒、タイロッド工法により補修されていますが、本当に安全性は確保されているのでしょうか。
しかし、住民は、400ベクレルが安心なのかという前に、これまでの安全神話を振りまいてきた国、原子力行政、電力会社、県、市への不信感があります。信頼をなくしているのです。 最近の河北新報でも連載された「沈滞 核のごみ最終処分」で見られるように、日本の原子力をどうしていくのか、どう解決していくのかが全く示されていません。本質的な議論を行わずに、場所を探すだけにしています。
この一節の中で、墨守、すなわち言い伝えをかたく守ること、謙虚さを取り戻す、この2つの言葉がいたく胸に刻まれ、大震災で安全神話が崩れ去った今、国が示す安全性の根拠に対する不信感が払拭できません。利便性、合理性、経済性が最優先する考え方が透けて見えて、そこには先人の知恵、せっかく取り戻した謙虚さのかけらも伝わってこないのは、甚だ末恐ろしい。
まず、安全神話が完全に崩壊しました。そして、原発事故がほかの災害と全く違った異質の危険を持つことが明らかになりました。また、一方で、日本は原子力発電なしでもやっていけることが体験を通してわかりました。一方で、核のごみ、使用済み核燃料の問題ですが、この処理もいまだにめどが立っておりません。どうにもならない状況です。私は、もう原発はこの日本はやめるべきだと、そういう立場を持っております。
それは、1つとして原子力発電所安全神話が国民の間では完全に崩壊したことです。2つ目に、原子力発電所がほかの技術にはない異質の危険を持っていることが国民的認識になったことであります。3つ目は、日本社会は原子力発電所ゼロでもやっていけることが国民的体験を通して明らかになったことであります。 そして、第2のより本質的な矛盾は、核のごみイコール使用済み核燃料の問題です。
同じ共同代表の原田富弘さんは、原発の安全神話と同じ。情報漏えい時の対応を曖昧にしたまま共通番号制度をスタートさせてはならないと批判しております。いらないネットは、今回の流出事件の全貌を解明し番号法改定案を廃案にすること、共通番号制度導入スケジュールを延期すること、共通番号制度そのものの再検討の3点を求めております。
いつまでも安全神話に固執をして、市民の安全が脅かされる事態を想定もせず、国の言うままに宛てがわれた予算まで立てて突き進んでいく市の態度は、改められるべきです。国に制度廃止を求め、補正予算は撤回することを求めて本議案には反対をいたします。 88: ◯委員長 採決いたします。 異議がありますので、起立採決を行います。 それでは、本案に賛成の方の起立を求めます。
なお、私は率直に東京電力福島第一原発の事故以前までは、一般的に言われる安全神話ということで、その一人でもございました。しかし、福島原発の事故後、首長は苛酷な事故も想定しておかなければならない。
やはり一番求められているのは、福島の事故前は安全神話と言っていいくらい安全なものというふうに思っていますので、その安全というのがやっぱり一番の大きな部分だと多分一般の方思うのです。
福島原子力発電所事故の原因究明が尽くされていない段階で策定された規制基準は、事故の教訓を踏まえたものとなり得ず、新たな安全神話を国民に押しつけるものではないでしょうか。 また、日本では事故時の周辺住民の避難計画は自治体任せで、計画の実効性は規制基準の対象になっていません。アメリカでは、スリーマイル島原子力発電所事故後、原子力規制委員会が避難計画を規制の対象にしています。
できたら我が自治体そのものが、風評被害だけではないのです、実被害も含めて心配なのです、幾ら安全だ安全だと、原発と同じで安全神話なのです。
自治体が苦労してもできない避難計画、放射能を出すことを前提としたフィルター付きベントの設置など、それでも世界の最高水準の規制基準だという新たな安全神話のもと、進められています。 2つ目として、総務企画委員会において議論が尽くされ、継続審査になったのではありません。委員会全体での議論が深まることなく、突然継続が出されました。本議会は、5月任期満了となり、解散となります。
第3は、新しい安全神話がつくられようとしていることです。エネルギー基本計画案では、世界で最も厳しい水準の規制基準に適合した原発の再稼働を進めることが明記されました。この基準をクリアすれば安全を確保できるかのような説明が繰り返されています。しかし、事故ゼロの原発などあり得ないというのが福島第一原発事故の最大の教訓です。 技術的なことが強調されていますが、福島過酷事故の本質はどこにあるのでしょうか。
その上、東北電力は、女川原発の安全性の向上についてなどという臨時ニュースまでつくって全ての世帯に配っていますが、読めば読むほど、原発安全神話の復活を物語るものでした。 原発事故対応のため、市民や市がどれほど苦労しているのかわかっていない東北電力に対して、大株主でもある仙台市の市長が、市民の命を守る立場から、再稼働は反対と強く主張すべきです。
私は今、多くの皆さんが心配しているのは、安全神話にとらわれてはだめだと。今、原発なしで暮らしをしているという中で、なぜ再稼働しなければいけないのだと、こういう率直な声なのです。